何故「ルール」が出来るのか?

こんにちは、もいちです。

どこにでもルールはあるのです。

この世界には多種多様、大勢の人が同時に暮らしているのですから。

今回のエントリーは。

本当かどうかは知らないし、調べるつもりもありません。
この話の本質はそこでは無いと理解しているからです。(本当はめんど・・・)

これは僕が小学生の時。
当時の担任先生がクラスで話してくれたエピソード。


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【ライオンを連れての入場を禁じる】

それはとある海外でのお話。
街の映画館。その入り口に注意事項が書かれたプレートが貼り付けられている。
注意事項の一つにこう書かれてあった。
「ライオン等の猛獣を連れての入場はご遠慮下さい。」

それを見た人のほとんどが、なんだってこんな事が書かれているんだ?
ふざけているのか?
何かの冗談だろう。
話題作りのつもりかな?

しかしそのどれもが不正解。

書かれた文言の通り、そのままの意味だったのです。

【館内はパニック】

館内にライオンが現れたのです。

それこそ映画の演出の一つかと思った人もいたでしょう。本物かどうかも怪しい。
ましてや薄暗い館内、大きな野良犬が迷い込んだだけと認識する可能性もあります。

結論を言うと、大事には至りませんでした。

その町に個人でライオンを飼っている男がいました。
何を思ったのかその男。映画を観に行くのにそのペットのライオンを連れてきたのです。

館内がパニックになるのも当然。ペットとは言え犬でも猫でも無く、ライオンですから。

その後、通報により駆けつけた警察にキツくお灸を据えられる事になったその飼い主。
それでも悪びれた様子は無かったと言います。
小さい頃から飼っていて慣れているとか。
そんな感じだったのでしょう。想像に難く無い。

しかしながら男が放ったこの一言が問題。
「ライオンは連れてくるななんて、どこにもかいてないじゃないか!」

いやいや、そういう問題じゃないでしょ〜〜・・・

結果、入場に際しての注意書きに、
「ライオンなどの猛獣を連れての入場はご遠慮下さい。」
この一文がつ付け足される事になったわけですね。

【こうして規則が作られる】

社会には沢山の規則やルールがあります。
明文化されていない、暗黙の了解ともいうべきものまで含めたら、それはもうとんでもないのぼりそうですね!

マナーや約束事、常識やセオリーなど。

改めてそう考えるとこの世の中は、あまりにがんじがらめで窮屈な世界なのかな?

いやいやそんな事はありませんよね。

多種多様な大勢の人達が同じ社会で生きる上で、必要不可欠なものが「ルール」です。

個々が好き勝手に動いたなら、それだけでこの世は混沌としてしまうでしょう。

行動を制限するのでは無く、皆がむしろ過ごしやすくする為のものと理解したいものです。

ただ問題になってきそうなのが先に書いたエピソードの様な例です。
稀にあり得ないことをしてしまう人達が居たとします。
映画館にペットを連れてくることもそもそもの疑問ですが、よりによってライオンって(苦笑)。

個人でライオンを飼っていた事実もぶっ飛んでますが、それを人が集まる場に連れてくるなんて。
そうしなければ仕方ない事例では無いですね。自宅で飼うのは、もちろんその土地の法律内であるならば、一向に構わないでしょう。
でも連れ出してはダメだ〜( ;´Д`)

この行動により、どう考えてもあり得ない、または必要でもないと思われる「規則」を作らざるをえなくなったのだと推測するのです。

ライオンを連れて出歩く人がちょいちょいいる町には、容易に住めませんよね。
ライオンは好きだけど、あれは遠くから見るものです。

そもそもしなくても良いことをわざわざするから、要らない規則を作らざるをえなくなる。
結果周囲も自分自身もやりづらくなりかねませんね。

ルールが出来上がる過程には様々な要因があることと思いますが、今エピソードの様な突飛な出来事によって、ツマラナイ縛りが出来ないような世の中であって欲しいものです。

何事にも許容範囲はあります。
多少の遊び、猶予は必要です。
しかしながら、

それすら逸脱してしまうと後々厄介ですよ、そんな話でした。


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