「時間」と「お金」。選ぶならどちらが欲しい?

時間と金、どちらが欲しい?

【究極の選択】欲しいのはどっち?「時間vsお金」
僕は時間。間違いなく時間。

ただ、どの時点でなのかによって、各々の答えも変わってくるのかもしれません。

「今欲しいのはどちら?」

「これからの人生で欲しいのはどちら?」


スポンサードリンク

【実例/序】

実は先日。職場でこんな会話をしたばかりでした・・・

帰宅前の更衣室で。50代と30代の二人の会話から始まります。

50代が30代に「今日も歩いて帰るのか?」と聞いています。

30代はそうだと答えます。50代が1時間もかけてか!と聞けば30代は苦笑いと「お疲れ様〜。」のひと声を残し更衣室を出て行きました。

そのやりとりを聞いた僕は50代にどういう事か尋ねました。

自転車通勤の30代。自転車壊れたので歩いて通う。片道1時間掛けて。

【実例/主】

僕「それはウォーキングを兼ねてですかね?」

50代「自転車いらねえんだと。普段は車だから。」

僕「毎日の事なのに。時間が勿体無い。」

50代「自転車を買う金が惜しいんじゃねえの?」

なんとなく言ったてあろう、たいして深い意味もないこの一言。これがキッカケ。

僕「時間を失う方が勿体無い。」

これまた特に議論するつもりでもなく、呟くように。

50代「そりゃあ、金の方が大事なんだろ。」

この辺りで話の主旨がシフトしてますね。

僕「最期に欲しいと思うのは金では無くじかんですよ、きっと。往復で2時間歩くなら自転車でその時間を半分にしたら1時間もありますよ。」

50代「金があればなんでも出来るだろ。金の方がいいね。」

僕「金は必要ですよ当然。でも時間があればあるいは金を生み出せるかもしれませんよ?金がいくらあっても寿命を買う事は出来ませんからね。」

50代「いいや、金だね。金あればオッケー。」

うん、まあどうでも良かったのですけど。

そこまで頑なに「金、金」言うとも思わなかったし。

 

【そこで、どの時点でなのかです】

たった今選べば、選んだほうをやると言うのならばあるいはお金を選択するかも?

僕ならそれでも、やはり時間を選ぶとは思いますが。

この質問に触れた時に、多くの方がどの時点をイメージするのかはわかりません。

特に指定が無ければ尚更。

「現在」に抱えている、直面している問題に直結する方を選ぶであろうことは用意に想像できます。

支払いが迫っているならお金。

迫っているのが命の期限だったなら。

その時こそは時間を選択する人が多いのではないでしょうか。

 

【時は金なり】

「時間はお金同様に貴重なものだから大切にしなさい。」

こんな記事を書きながら思い浮かんだ格言。

あまりに有名ですが、どうでしょう。

「同様」で片付けてはいけませんね、今回に限っては。

なぜならどちらを選ぶのかと言う趣旨でお話しているからです。

 

ここまで書いてきているとおり、僕は断然「時間」をとるわけです。

「お金」は後回し、ではないですよ。究極の選択だから、でもありません。

はなから「時間」が欲しいからです。

お金があればよりも時間があればと思うことが圧倒的に多いのです。

「タラレバ」言ってる時点でだめですけどね・・・

 

とにかく。

「時間」こそが自分に与えられた権利なのです。

時間の使い方が人生を決める。人生そのもの。

時間の使い方が、自身の持てるお金の量さえ左右すると考えるからです。

生涯を通して考えるなら、時間さえあれば必要なお金も作り出す機会もありそうです。

勉強や経験をすることで自分に向いた収入を得る方法も見つけられるでしょうし。

そうなれば後は臆さず実行し頑張るだけです。

 

先にお金があっても時間を買い足すことは出来ません。

お金を使いたくてもやはり、時間が無ければ意味がありません。

お金は生きるため、そして人生を彩るための道具でしかありません。

時間が大きな器でお金や趣味、家族やあらゆる全てがその中に入れられるもので。

器が小さいと入れられるものも限られてしまう。

 

時間は減る一方です。

今わの際に思うのは。

「金があれば寿命が延ばせるのに。」ではなく

「もっと自分に時間が残されていたなら、あれしてこれしてあの人この人に会って遣り残したこと全部して・・・・」

なんてことを夢想するのではないかと想像するのです。

とても切ない話です。その時に気づいたのではもう遅いのですから。

 

今からなら間に合うかもしれません。

時間を大事に、大事に、そして大事に使おう。これは自分のものなのだから。
「お金」と「時間」。皆さんはどちらを選びますか?


スポンサードリンク

コメント