【文庫本の読み方】読み終わった頁はどんどん破り棄てて行く男。

 

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特に読書好きだとは聞いた事はない。

付き合いは長いが、お互い知らない事もある。

その頃。

仕事の為、電車での移動が増えたらしく。

その時間潰しに本でも読むかと。

彼にしてみたらその程度の事だったのだろう。

 

「辻仁成が好きなんだよ。」

 

そう言っていた。

贔屓の作家がいるなど初耳だった。

恥ずかしながら当時の僕は、辻仁成を存じ上げなかった。

中山美穂の旦那だよと彼は説明してくれた。

作家だけでなく歌も歌うんだぞとも言っていた。

 

本が好きな事を公言してはばからなかった僕が、
本好きというほどでもない男に未知の作家を教えられたわけだ。

軽く自尊心が傷ついた。

まだ若かった頃だ。仕方ない。

 

運転席に座る彼が、腰を浮かせつつジーパンの尻ポケットをまさぐっている。

なかなか中身を取り出せずもたつく。

何をしているのか?といぶかしつつ、
「小肥りがパンパンのケツポケットにモノ突っ込んでるから取れなくなる。」
鼻で笑いながらそう悪態をついてやる。

先に自尊心を傷つけられたその腹いせも、
無くはなかったかもしれない。

「うるせーよ」と返しながらようやく取り出したもの。

何かの小冊子?メモ帳か?

 

とにかくボロボロで粗末なそれが何なのか、一見わからなかった。

「これをな、移動中に読むわけだよ。」

取り出したそれを二、三度あふるとダッシュボードに放り投げた。

「いやいや、なんだよそれ?」

手に取って見るとなるほど文庫本の成れの果てだとわかった。

おそらくこれこそ「辻なにがし」の本なのだろう。ようやく合点がいった。

それで唐突に本の話などをし始めたのか。

 

 

ところでなんだってこんなにボロボロなんだ?

 

文庫本としては薄すぎるし、すでに表紙もなく中途半端なページが剥き出しになっている。

「破いた」のか「破れた」のか。

なぜこんな有様になっているかを訪ねた。

彼の説明は「わかんねえの?バカだなおまえ。」から始まった。

ムカツク奴だ。

 

文庫本は小さいが手ぶらで持ち歩くには邪魔だ。

読み終わったページはどんどん破り棄てていけばさらに小さくなり、
荷物は少なくなっていく。

それにポケットにも収まりやすくなる。

読み終われば棄ててしまえるし、それこそ手ぶらになる。

 

なるほどな。

だが、おまえ。

読み終わるまではそのボロボロの本を電車の中で読んでいるわけだろう?

そんなボロボロなモン、周りは変な奴だと見ているぞきっと。

「いいんだよそんなことは。」

周りを気にしても仕方ないかと、言いながら思った。

ムカツク小太り男を否定してやりたくて言っただけだった。

 

なぜならば面白い発想だと、ちょっとばかし感心してしまったからだ。

彼奴にそうだと悟られたくはない。

狭量だと自覚しているが、男なんてそんなもんだ。

若かったし。

 

とは言え合理的かもしれないが、僕ならやらないだろう。

なんだろう。本を破る事に抵抗がある。

それに収集癖も人並以上の僕にはありえない事だ。

購入し読み終えた本は本棚に綺麗に収めておくのが堪らない。

お気に入りは何度も読み返す。

せっかく手に入れた本を一度きりで読み捨ててしまうなんて。

 

価値観の違いが面白いのだと。

そう感じるエピソードではあるかも。

 

ちなみにそんな彼だったが、その部屋は散らかし放題だった。

なのでその合理性も彼の主義などではなく、
その時に思いついただけの気まぐれだろう。

そう、たたそれだけ。惜しい。

人生そのものをその合理的な考えで貫いていたなら。

その考えはまさに現代的で、成功だってしていたかもしれないのに。

 

実際にはすでに付き合いもないので、

件の彼がどこで何をしているのかもわからないのだが。

 

せめて部屋の整理整頓ぐらいはできるようになっているかな。

 


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